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数学記事・メモ

MacWilliams恒等式で学ぶシリーズ第10回 / 全12回

MacWilliams恒等式で学ぶ熱核・跡公式入門

MacWilliams恒等式の五つの証明系統のうち,熱核・跡公式として見える証明に着目し,有限集合上の核,跡,有限グラフの熱作用素・熱核,Hammingグラフ,平行移動作用,商空間上の跡公式を導入する.
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34分 (約20,364字)
Tagscoding theoryMacWilliams identityheat kerneltrace formulaHamming graphspectral graph theoryfinite fieldsweight enumeratorexpository note

はじめに

符号理論における基本定理の一つに,MacWilliams恒等式があります. EE を座標集合,nEn \coloneqq \card{E} とし,有限体 Fq\F_{q} 上の線形符号 CFqEC \leq \F_{q}^{E} に対して,その双対符号

C{uFqE:uc=0 for all cC}C^{\perp} \coloneqq \{ u \in \F_{q}^{E} : u \cdot c = 0 \text{ for all } c \in C \}

を考えます.ここで

uc=eEueceu \cdot c = \sum_{e \in E} u_{e} c_{e}

です. 符号語 cFqEc \in \F_{q}^{E} (support) と Hamming重み (Hamming weight) を

supp(c){eE:ce0},wt(c)supp(c)\supp(c) \coloneqq \{ e \in E : c_{e} \neq 0 \}, \qquad \wt(c) \coloneqq \card{\supp(c)}

と書きます. 線形符号 CC重み多項式 (weight enumerator) を

WC(X,Y)=cCXnwt(c)Ywt(c)W_{C}(X, Y) = \sum_{c \in C} X^{n - \wt(c)} Y^{\wt(c)}

で定めます. MacWilliams恒等式は,双対符号の重み多項式が, CC の重み多項式から次のように計算できるという公式です:

WC(X,Y)=1CWC(X+(q1)Y,XY).W_{C^{\perp}}(X, Y) = \frac{1}{\card{C}} W_{C}\bigl( X + (q - 1)Y, X - Y \bigr).

これがMacWilliams恒等式です.

この連載では,MacWilliams恒等式の証明を手掛かりに, 周辺分野・周辺概念への入門を試みます. そのため,本連載では以下のような読者を対象としています:

符号理論の初歩,具体的には

  • (有限)体とは何か

  • 有限体上の線形符号とは何か

  • Hamming重みとは何か

  • 双対符号とは何か

程度は既知であることを前提としています (MacWilliams恒等式の証明は知らなくても問題ありません).

本稿は第1回から第9回を前提にしません. 連載全体ではMacWilliams恒等式の複数の証明を比較していますが, 本稿だけを読むために過去回の内容は必要ありません. 必要な範囲の線形作用素,核,跡,有限グラフの熱作用素と熱核,Hammingグラフ,平行移動作用,指標による固有関数は本文中で導入します.

この連載では,MacWilliams恒等式の証明手法を大きく次の五つの系統に分けて眺めています. ただし,この分類は連載全体の見取り図であり,本稿の証明を読むために必須ではありません:

  1. Fourier・指標・Poisson系.

  2. Möbius反転・束論・短縮穿孔系.

  3. 直交多項式・アソシエーションスキーム系.

  4. マトロイド・Tutte多項式系.

  5. モーメント・二重数え上げ系.

今回扱う証明は,表面的には

Hammingグラフ・熱作用素・Markov作用素・跡公式

の言葉で書かれます. 五つの系統に圧縮すれば,これは「Fourier・指標・Poisson系」に属します. なぜなら,Hammingグラフの熱作用素を対角化するとき, 最終的には有限アーベル群 FqE\F_{q}^{E} の指標が固有関数として現れるからです. ただし,本稿の主役は指標論そのものではありません. 今回の目標は,MacWilliams恒等式の証明を案内役として, 熱作用素・熱核跡公式に入門することです.

熱作用素とは,大まかには,グラフや空間の上で熱がどのように広がるかを表す作用素です. その行列成分を熱核と呼びます. 有限集合の場合,熱作用素は有限行列であり,熱核はその行列成分です. 跡公式とは,一つの作用素の跡を二通りに計算することで得られる恒等式です. 一方の計算では,作用素を固有空間に分解して固有値を足します. もう一方の計算では,作用素の核の対角成分を直接足します. この二つの計算が一致することから,非自明な恒等式が得られます. 本稿でいう跡公式は,無限次元解析や収束を伴う深い跡公式ではなく, 有限次元行列の跡を二通りに計算するという有限的な跡公式です.

本稿で見るMacWilliams恒等式は,次のような跡公式として現れます. V=FqEV = \F_{q}^{E} 上のHammingグラフの熱作用素を Kz\Kop_{z} と書き, その核を Kz(x,y)\Kop_{z}(x,y) と書きます. 符号 CC による平行移動作用で割った商空間 V/CV/C 上で Kz\Kop_{z} の跡を取ります. 厳密には,ここで新しい商グラフや商グラフ上の熱作用素を別に定義しているわけではありません. 商集合 V/CV/C 上の関数空間 CV/C\C^{V/C} を, VV 上の CC 不変関数空間 HC\Hspace^{C} と同一視し, もとの熱作用素 Kz\Kop_{z} の制限 KzHC\res{\Kop_{z}}{\Hspace^{C}} の跡を計算する,という意味です. この跡をスペクトル側から計算すると,CC^{\perp} の重み分布が現れます. 一方,平行移動作用に沿って平均してから対角成分を足すと, CC の重み分布が現れます. この二つを比べるとMacWilliams恒等式になります.

本稿の流れは次のようになります.

有限集合上の作用素 → 核と跡 → 有限グラフの熱作用素と熱核 → Hammingグラフの熱作用素と熱核 → 商空間上の跡 → MacWilliams恒等式

証明の要点だけ先に述べると,次の通りです. 一座標では,零の平行移動から 1+(q1)z1+(q-1)z が出て, 非零の平行移動から 1z1-z が出ます. 多座標では,この零・非零の判定が座標ごとに起こるため,Hamming重みが記録されます. さらに CC の元で平均すると CC の重み多項式が現れます. 一方,固有関数で見ると,商空間上に残るのは CC 不変な指標だけであり, それがちょうど CC^{\perp} に対応します.

有限グラフのスペクトル理論については Chung [Chu97] や Godsil–Royle [GR01] が標準的な参考文献です. グラフ上の熱核に関する文献としては Chung–Yau [CY99] などがあります. 有限群上のFourier解析とグラフ・符号理論への応用については Terras [Ter99] も参照してください. 符号理論におけるMacWilliams恒等式の古典的な扱いについては MacWilliams–Sloane [MS77] を参照してください. 本稿ではこれらの一般論をすべて展開するのではなく, 有限体上の線形符号の通常のHamming重みMacWilliams恒等式に 必要な部分だけを取り出して説明します.

有限集合上の関数空間,核,跡

熱作用素と熱核を扱う前に,有限集合上の線形作用素を行列として見る言葉を準備します. ここで扱う空間はすべて有限次元なので,解析的な収束問題はありません.

有限集合 Ω\Omega に対して,CΩ\C^{\Omega}Ω\Omega 上の複素数値関数全体とします. なお,本稿では,斜体の CC は符号を表し, 黒板太字の C\C は複素数体を表します. 各 xΩx \in \Omega に対して,δxCΩ\delta_{x} \in \C^{\Omega}

δx(y){1,y=x,0,yx\delta_{x}(y) \coloneqq \begin{cases} 1, & y = x,\\ 0, & y \neq x \end{cases}

で定めます. このとき {δx:xΩ}\{ \delta_x : x \in \Omega \}CΩ\C^{\Omega} の基底です.

線形作用素 T ⁣:CΩCΩT \colon \C^{\Omega} \to \C^{\Omega} は, Ω\Omega で行と列を添字づけた行列として書けます. 本稿では,その行列成分を KT(x,y)K_{T}(x, y) と書き, TT (kernel) と呼びます. つまり

(Tf)(x)yΩKT(x,y)f(y)(Tf)(x) \coloneqq \sum_{y \in \Omega} K_{T}(x, y) f(y)

です. 有限集合上では,「核」は単に行列成分の別名です. ただし,後で熱核と呼ぶときには,この行列成分が 「点 yy から点 xx へ熱が伝わる量」を表していると考えます. ここで本稿の基本規約では,作用素は関数に作用しています. 行列成分としては,列の添字 yy から行の添字 xx へ寄与する成分として KT(x,y)K_{T}(x,y) を読めます. 一方,Markov過程の期待値作用素として直観的に読むときは, 同じ表示を「現在の点 xx から次の点 yy へ移る確率」として読みます. 一般には,確率分布に作用させる規約では転置行列が現れます. 本稿で実際に用いる熱核は対称なので,どちらの読み方でも同じ数値の行列を使っており, 向きの解釈だけが異なります. 本稿では「核」という語が二つの意味で出ます. 一つは,いま定義した行列成分としての核で, KT(x,y)K_{T}(x,y)Kz(x,y)\Kop_{z}(x,y) のように書きます. もう一つは,線形代数でいう零に送られる部分空間で, Ker(T)\Ker(T) のように書きます. 混同を避けるため,行列成分としての核は KT(x,y)K_T(x,y) 型の記号で, 線形代数の核は Ker(T)\Ker(T) と書き分けます. さらに記号に注意しておくと,KTK_{T} は一般の作用素 TT の核を表す記号です. 後で出る KqK_{q}qq 頂点の完全グラフを表し, Kz\Kop_{z} はHammingグラフの熱作用素を表します. その熱核は Kz(x,y)\Kop_{z}(x,y) と書きます. 作用素とその核を同じ文字で書きますが,(x,y)(x,y) が付いたときは行列成分を表します.

定義2.1.

線形作用素 T ⁣:CΩCΩT \colon \C^{\Omega} \to \C^{\Omega} (trace) を

Tr(T)xΩKT(x,x)\Tr(T) \coloneqq \sum_{x \in \Omega} K_{T}(x, x)

で定める.

これは通常の行列の跡です. すなわち,対角成分を足したものです. もし TT が対角化可能で,固有値が重複込みで λ1,λ2,,λm\lambda_{1}, \lambda_{2}, \dots, \lambda_{m} であれば,

Tr(T)=λ1+λ2++λm\Tr(T) = \lambda_{1} + \lambda_{2} + \dots + \lambda_{m}

です. したがって跡には,少なくとも二つの見方があります.

対角成分を足す見方 ⇔ 固有値を足す見方

この二つの見方を同じ作用素に対して使うのが,跡公式の基本的な考え方です.

本稿では,ある部分空間上の跡も使います. そのために,射影を使った簡単な補題を用意します.

補題2.2.

SCΩS \subseteq \C^{\Omega} を部分空間とし, P ⁣:CΩCΩP \colon \C^{\Omega} \to \C^{\Omega}SS への射影とする. つまり P2=PP^{2} = P かつ Im(P)=S\Image(P) = S とする. 線形作用素 TTPP と可換であるとする. このとき Tr(TS)=Tr(PT)\Tr(\res{T}{S})=\Tr(PT) が成り立つ.

証明

PP は射影であるから,CΩ\C^{\Omega}

CΩ=Im(P)Ker(P)\C^{\Omega} = \Image(P) \oplus \Ker(P)

と分解する. TTPP と可換であるため,TTIm(P)\Image(P)Ker(P)\Ker(P) をそれぞれ保つ. この分解に沿って行列を書くと,TT はブロック対角になり,PP

(I000)\begin{pmatrix} I & 0\\ 0 & 0 \end{pmatrix}

の形になる. したがって PTPT の跡は,TTIm(P)=S\Image(P) = S 上のブロックの跡に等しい. すなわち Tr(PT)=Tr(TS)\Tr(PT) = \Tr(\res{T}{S}) である.

証明終わり

この補題は後で,CC による平行移動で不変な関数空間に対して使います. 商空間 FqE/C\F_{q}^{E}/C 上の関数を,FqE\F_{q}^{E} 上の CC 不変関数と同一視し, その空間への射影を使って跡を計算するためです.

有限グラフの熱作用素と熱核

次に,有限グラフ上の熱作用素と熱核の考え方を導入します. 一般のグラフ理論を展開するのではなく, 本稿で必要になる有限正則グラフ,特にHammingグラフを念頭に置きます.

有限グラフの頂点集合を Ω\Omega とします. グラフ上の関数空間は CΩ\C^{\Omega} です. グラフのLaplacianとは,関数の「周囲との差」を測る作用素です. 標準的な組合せLaplacianは LDAL \coloneqq D - A で定義されます. ここで AA は隣接行列,DD は次数を対角成分に持つ行列です. 正則グラフの場合,DD は次数の定数倍の単位行列になります.

熱方程式の有限グラフ版は,行列指数を使って Ht=exp(tL)H_{t} = \exp(-tL) と書けます. この HtH_{t} を熱作用素と呼び,その核 Ht(x,y)H_{t}(x, y) を熱核と呼びます. 有限集合上では,これはただの行列指数です. ここで行列指数とは,

exp(tL)=r=0(tL)rr!\exp(-tL) = \sum_{r=0}^{\infty} \frac{(-tL)^{r}}{r!}

で定まる行列です. 本稿で実際に使う場面では,固有空間分解によって具体的な式に落ちるため, この級数を直接計算する必要はありません.

ただし本稿では,計算を簡単にするために,Laplacianを定数倍して使います. Laplacianを正の定数倍すると, 熱作用素は時刻を定数倍して見直したものになります. 実際,LLαL\alpha L に置き換えると, exp(tαL)=exp((αt)L)\exp(-t\alpha L)=\exp(-(\alpha t)L) です. そのため,固有関数や跡公式の構造は変わりません. 変わるのは,固有値に現れる時間パラメータの再パラメータ化です. 本稿では,時刻 tt の代わりに z=etz = e^{-t} というパラメータを使います. 厳密には,有限の tt では 0<z10 < z \leq 1 です. z=0z=0tt \to \infty の極限に対応します. t=0t = 0z=1z = 1 に対応し,このとき熱作用素は恒等作用素です. tt が大きくなるほど zz00 に近づき,熱作用素は平均化の方向へ進みます. 一座標の場合,極限 z=0z = 0 では MzM_{z} が平均射影 Π0\Pi_{0} になります. したがって zz は「どれくらい元の値を保つか」を表すパラメータとして見られます. 以下で実際に計算する熱核や跡は,すべて zz の多項式として書けます. したがって,z=0z=0 を代入しても多項式として意味があります. MacWilliams恒等式を得る段階では,zz を解析的な時刻パラメータではなく, 形式変数として読みます. したがって,まずは 0z10 \leq z \leq 1 の範囲で熱作用素として理解し, 最後には同じ式を多項式恒等式として読むことができます. 後で z=Y/Xz = Y/X とおいて斉次化するのは,この多項式としての見方を使っているためです.

有限グラフの熱作用素と熱核には,次の二つの基本的な見方があります.

スペクトル側

HtH_{t} を固有空間に分解し,固有値 etλe^{-t\lambda} を足す.

幾何側

熱核の対角成分 Ht(x,x)H_{t}(x, x) を頂点 xx について足す.

この二つはどちらも同じ跡 Tr(Ht)\Tr(H_{t}) を計算しています. 本稿ではさらに,熱作用素に平行移動作用を合成した作用素の跡も考えます. この「平行移動を合成してから跡を取る」ことが,符号 CC の重み分布を取り出す役割を果たします.

一座標の完全グラフの熱作用素と熱核

Hammingグラフは,完全グラフを座標ごとにデカルト積したものです. ここでいうグラフの積はデカルト積の意味です. 多座標の二頂点が隣接するのは,ちょうど一つの座標だけが異なり, その座標では一座標の完全グラフで隣接しているときです. したがって,まず一座標の完全グラフから始めます.

一座標の頂点集合を Fq\F_{q} とし, 関数空間を UCFqU \coloneqq \C^{\F_{q}} とします. UU の中で,定数関数全体からなる一次元部分空間への平均射影を

Π0f1q(aFqf(a))1\Pi_{0} f \coloneqq \frac{1}{q}\left(\sum_{a \in \F_{q}} f(a) \right) \one

で定めます. ここで 1\one は恒等的に 11 である関数です. この射影の核,すなわち線形代数の意味で Π0f=0\Pi_{0}f=0 となる部分空間は

U1={fU:aFqf(a)=0}U_{1} = \left\{ f \in U : \sum_{a \in \F_{q}} f(a) = 0 \right\}

です. したがって U=C1U1U = \C \one \oplus U_{1} と分解します. ここで添字 11 は,直後に定義する一座標Laplacian Δ1\Delta_{1} に対して 固有値 11 の側に対応する空間であることを表しており, U1U_{1} が一次元であるという意味ではありません. 実際,dimCU1=q1\dim_{\C} U_{1}=q-1 です.

本稿では,一座標のLaplacianを

Δ1IdΠ0\Delta_{1} \coloneqq \Id - \Pi_{0}

で定めます. これは,完全グラフ KqK_{q} の組合せLaplacianを定数倍したものです. ここで JJ は,すべての成分が 11 である q×qq \times q 行列です. 実際,KqK_{q} の隣接行列は JIJ - I,組合せLaplacianは

(q1)I(JI)=qIJ(q - 1)I - (J - I) = qI - J

です.一方,Π0=J/q\Pi_{0} = J/q なので

Δ1=IJ/q=1q(qIJ)\Delta_{1} = I - J/q = \frac{1}{q}(qI - J)

です.つまり,通常のLaplacianを 1/q1/q 倍したものを使っているだけです.

z=etz = e^{-t} と書くと,一座標の熱作用素は

Mzexp(tΔ1)=Π0+z(IdΠ0)M_{z} \coloneqq \exp(-t\Delta_{1}) = \Pi_{0} + z(\Id - \Pi_{0})

です.定数方向では固有値 11,和が 00 の方向では固有値 zz で作用します.

補題4.1.

一座標熱作用素 MzM_{z} の核は

Mz(a,b)={1+(q1)zq,a=b,1zq,abM_{z}(a, b) = \begin{cases} \dfrac{1 + (q - 1)z}{q}, & a = b,\\[6pt] \dfrac{1 - z}{q}, & a \neq b \end{cases}

で与えられる.

証明

Π0\Pi_{0} の核はすべての aa, bb に対して 1/q1/q である. また,Id\Id の核は a=ba = b のとき 11aba \neq b のとき 00 である. したがって Mz=zId+(1z)Π0M_{z} = z\Id + (1 - z)\Pi_{0} と書けば, a=ba = b のとき

z+1zq=1+(q1)zqz + \frac{1 - z}{q} = \frac{1 + (q - 1)z}{q}

となり,aba \neq b のとき

1zq\frac{1 - z}{q}

である.

証明終わり

この式は,確率的にも読めます. MzM_{z} は,確率 zz で現在の値を保ち, 確率 1z1 - zFq\F_{q} 上の一様な値に取り替える操作です. 本稿では MzM_{z} を確率分布ではなく,関数,つまり観測量に作用する作用素として見ています. つまり,次の状態をこの規則でランダムに選んだときの ff の平均値を返す作用素です. 特に 0z10 \leq z \leq 1 のとき,MzM_{z} は非負関数を非負関数へ送り, 定数関数を保つので,関数側のMarkov作用素として読めます. 同じ対称行列を分布に作用させれば,確率分布を確率分布へ送る作用素としても読めます. 分布に作用させる規約では転置行列が現れますが, 今回の熱核は対称なので,同じ数値の行列を見ています. ただし,本稿では確率解釈ではなく,跡計算に使います.

一座標で最も重要なのは,平行移動を合成したときの跡です. aFqa \in \F_{q} に対して,平行移動作用素 τa ⁣:UU\tau_{a} \colon U \to U

(τaf)(x)f(xa)(\tau_{a} f)(x) \coloneqq f(x - a)

で定めます. この定義では,τa\tau_{a} は関数の引き戻しとして作用しています. 基底ベクトルで見ると,τaδb=δa+b\tau_{a} \delta_{b} = \delta_{a + b} です. 点そのものは xx+ax \mapsto x+a と動かしていますが, 関数にはその引き戻しとして作用するため,式には xax-a が現れます. 後で CC 不変性を f(x+c)=f(x)f(x+c)=f(x) と書きますが, CC は加法部分群なので,ccCC 全体を動くとき c-cCC 全体を動きます. したがって,f(x+c)=f(x)f(x+c)=f(x) という条件と τcf=f\tau_{c}f=f という条件は同値です.

補題4.2.

任意の aFqa \in \F_{q} に対して

Tr(τaMz)={1+(q1)z,a=0,1z,a0\Tr(\tau_{a} M_{z}) = \begin{cases} 1 + (q - 1)z, & a = 0,\\ 1 - z, & a \neq 0 \end{cases}

が成り立つ.

証明

MzM_{z} の核を Mz(x,y)M_{z}(x, y) と書く. τaMz\tau_{a} M_{z} の核は

(τaMz)(x,y)=Mz(xa,y)(\tau_{a} M_{z})(x, y) = M_{z}(x - a, y)

である.したがって

Tr(τaMz)=xFqMz(xa,x)\Tr(\tau_{a} M_{z}) = \sum_{x \in \F_{q}} M_{z}(x - a, x)

である.

a=0a = 0 なら,すべて対角成分なので

xFqMz(x,x)=q1+(q1)zq=1+(q1)z\sum_{x \in \F_{q}} M_{z}(x, x) = q \cdot \frac{1 + (q - 1)z}{q} = 1 + (q - 1)z

である. 一方,a0a \neq 0 なら,任意の xxxaxx - a \neq x なので, すべて非対角成分である.よって

xFqMz(xa,x)=q1zq=1z\sum_{x \in \F_{q}} M_{z}(x - a, x) = q \cdot \frac{1 - z}{q} = 1 - z

である.

証明終わり

この補題は,MacWilliams恒等式の変数変換の出所を表しています. 通常の跡では Mz(x,x)M_{z}(x,x)xx について足します. しかし τa\tau_{a} を合成すると,対角成分として Mz(xa,x)M_{z}(x-a,x) を読むことになります. つまり平行移動によって,熱核の対角成分が aa だけずらされます. 零の平行移動は 1+(q1)z1 + (q - 1)z を生み,非零の平行移動は 1z1 - z を生みます. これは,a=0a=0 なら対角成分だけを読み,a0a\neq 0 なら非対角成分だけを読むためです. 多座標ではこの判定が座標ごとに起こり,Hamming重みが跡に記録されます. 後で z=Y/Xz = Y/X とおいて斉次化すると,これが

X+(q1)Y,XYX + (q - 1)Y, \qquad X - Y

になります.

Hammingグラフの熱作用素と熱核

ここから多座標に移ります. VFqEV \coloneqq \F_{q}^{E} とおきます. これは,Hammingグラフの頂点集合です. 二つの頂点 x,yVx, y \in V のHamming距離を

dH(x,y)wt(xy)\dist(x, y) \coloneqq \wt(x - y)

で定めます. Hammingグラフでは,距離 11 の二頂点を辺で結びます. これは,一座標の完全グラフを nn 個デカルト積したグラフです.

関数空間を HCV\Hspace \coloneqq \C^{V} と書きます. 一座標空間 U=CFqU = \C^{\F_{q}} を使えば,これは

HeEU\Hspace \cong \bigotimes_{e \in E} U

と見られます. 各座標 eEe \in E に対して,ee 座標だけに一座標Laplacian Δ1\Delta_{1} を作用させ,他の座標には恒等作用素を作用させる作用素を Δe\Delta_{e} と書きます. Hammingグラフ上のLaplacianを

ΔeEΔe\Delta \coloneqq \sum_{e \in E} \Delta_{e}

で定めます. これは,通常のHammingグラフの組合せLaplacianを 1/q1/q 倍したものです. 実際,ee 座標方向の通常の組合せLaplacianは qΔeq\Delta_{e} です. したがってHammingグラフ全体の通常の組合せLaplacianを LHamL_{\mathrm{Ham}} と書けば,

LHam=eEqΔe=qΔL_{\mathrm{Ham}} = \sum_{e \in E} q\Delta_{e} = q\Delta

です. よって本文の Δ\Delta は通常の組合せLaplacianを 1/q1/q 倍したものであり, 一座標の場合と同じ正規化です. 各 Δe\Delta_{e} は互いに可換なので,z=etz = e^{-t} とおくと

exp(tΔ)=eEexp(tΔe)eEexp(tΔ1)=eEMz\exp(-t\Delta) = \prod_{e \in E} \exp(-t\Delta_{e}) \cong \bigotimes_{e \in E} \exp(-t\Delta_{1}) = \bigotimes_{e \in E} M_{z}

です. したがって,次の作用素はHammingグラフの自然な熱作用素です. この同一視のもとで,Hammingグラフの熱作用素を

KzeEMz\Kop_{z} \coloneqq \bigotimes_{e \in E} M_{z}

で定めます. これは,すべての座標に同じ一座標熱作用素 MzM_{z} を独立に作用させるものです. ここでテンソル積の記法を使っていますが,本稿で必要なのは次の具体的な意味だけです. x=(xe)eEx=(x_{e})_{e \in E}y=(ye)eEy=(y_{e})_{e \in E} に対して

Kz(x,y)=eEMz(xe,ye)\Kop_{z}(x,y) = \prod_{e \in E} M_{z}(x_{e}, y_{e})

と定め,関数 fCVf \in \C^{V} への作用を

(Kzf)(x)=yVKz(x,y)f(y)(\Kop_{z}f)(x) = \sum_{y \in V} \Kop_{z}(x,y) f(y)

で与える,という意味です. したがって,テンソル積の一般論を知らなくても, 以降の跡計算はこの積公式だけで読めます. 特に 0z10 \leq z \leq 1 のとき,Kz\Kop_{z} は各座標で 「保つか,一様な値に取り替えるか」を独立に行うMarkov作用素と見られます. これは関数,つまり観測量に作用する期待値作用素としての説明です. 同じ対称行列を分布側に作用させることもできます. ここでの確率解釈は直観のためであり,証明では跡計算と多項式恒等式として用います.

補題5.1.

Kz\Kop_{z} の核は

Kz(x,y)=qn(1+(q1)z)ndH(x,y)(1z)dH(x,y)(5.1)\Kop_{z}(x,y) = q^{-n} \bigl( 1 + (q - 1)z \bigr)^{n - \dist(x, y)} (1 - z)^{\dist(x, y)} \tag{5.1}

で与えられる.

証明

直前の積公式より,Kz\Kop_{z} の核は一座標核の積である. すなわち

Kz(x,y)=eEMz(xe,ye).\Kop_{z}(x, y) = \prod_{e \in E} M_{z}(x_{e}, y_{e}).

xe=yex_{e} = y_{e} である座標では 1+(q1)zq\dfrac{1 + (q - 1)z}{q} が寄与し, xeyex_{e} \neq y_{e} である座標では 1zq\dfrac{1 - z}{q} が寄与する. xxyy が異なる座標数は dH(x,y)\dist(x, y) なので, (5.1) を得る.

証明終わり

この式から,Kz(x,y)\Kop_{z}(x, y)xxyy の具体的な値ではなく, Hamming距離 dH(x,y)\dist(x,y) のみに依存することが分かります. したがって Kz\Kop_{z} はHammingグラフの対称性に沿った作用素です. アソシエーションスキームの言葉を使えば,Kz\Kop_{z} は HammingスキームのBose–Mesner代数に属する作用素です. ただし本稿では,アソシエーションスキームの一般論は使わず, 熱作用素・熱核と跡の計算だけで進みます.

VV 上の平行移動も同様に定義します. aVa \in V に対して,τa ⁣:HH\tau_{a} \colon \Hspace \to \Hspace

(τaf)(x)=f(xa)(\tau_{a} f)(x) = f(x - a)

で定めます.一座標の平行移動をテンソル積したものです.

命題5.2.

任意の aVa \in V に対して

Tr(τaKz)=(1+(q1)z)nwt(a)(1z)wt(a)(5.2)\Tr(\tau_{a} \Kop_{z}) = \bigl( 1 + (q - 1)z \bigr)^{n - \wt(a)}(1 - z)^{\wt(a)} \tag{5.2}

が成り立つ.

証明

Kz\Kop_{z} の核を用いると

Tr(τaKz)=xVKz(xa,x)\Tr(\tau_{a} \Kop_{z}) = \sum_{x \in V} \Kop_{z}(x - a, x)

である. ここで xax - axx が異なる座標は,ちょうど ae0a_{e} \neq 0 である座標である. したがって dH(xa,x)=wt(a)\dist(x - a, x) = \wt(a) であり,これは xx に依存しない. 補題 5.1 より,各 xx からの寄与は

qn(1+(q1)z)nwt(a)(1z)wt(a)q^{-n} \bigl( 1 + (q - 1)z \bigr)^{n - \wt(a)}(1 - z)^{\wt(a)}

である.VV の元は qnq^{n} 個あるので,これを足すと (5.2) を得る.

証明終わり

この命題の意味は明快です. 平行移動 aa を合成してから熱作用素 Kz\Kop_{z} の跡を取ると, aa の零座標と非零座標がそれぞれ別の因子を生みます. そのため,aa のHamming重みが跡に記録されます. これが,後で CC の重み多項式が現れる理由です.

商空間上の跡

次に,符号 CV=FqEC \leq V = \F_{q}^{E} による平行移動作用を考えます. CC は加法群として VV に作用します. その商集合を V/CV/C と書きます. 商集合上の関数は,VV 上の CC 不変関数と同一視できます.

定義6.1.

H=CV\Hspace = \C^{V} の部分空間

HC{fH:f(x+c)=f(x) for all xV,cC}\Hspace^{C} \coloneqq \{ f \in \Hspace : f(x + c) = f(x) \text{ for all } x \in V,\, c \in C \}

を,CC 不変関数の空間という.

HC\Hspace^{C}V/CV/C 上の関数空間 CV/C\C^{V/C} と同一視できます. 実際,CC 不変関数は剰余類上で一定なので, 剰余類ごとに値を持つ関数と同じものです. 具体的には,gCV/Cg \in \C^{V/C} から VV 上の関数 g~\widetilde{g}

g~(x)g(x+C)\widetilde{g}(x) \coloneqq g(x + C)

で定めると,g~\widetilde{g}CC 不変です. 逆に,fHCf \in \Hspace^{C} なら ff は各剰余類 x+Cx+C 上で一定なので,

g(x+C)f(x)g(x + C) \coloneqq f(x)

により V/CV/C 上の関数 gg が定まります. この二つの対応により,CV/C\C^{V/C}HC\Hspace^{C} を同一視しています. ここで行っているのは,新しい商グラフやそのLaplacianを別に作ることではありません. もとの関数空間 H=CV\Hspace = \C^{V} の中にある CC 不変関数空間を 商集合 V/CV/C 上の関数空間と同一視し, もとの熱作用素 Kz\Kop_{z} の制限 KzHC\res{\Kop_{z}}{\Hspace^{C}} の跡を計算します. 商集合上の核をあえて書けば,剰余類 x+Cx+C, y+Cy+C に対して

Kz(x+C,y+C)=cCKz(x,y+c)\overline{\Kop}_{z}(x+C, y+C) = \sum_{c \in C}\Kop_{z}(x, y+c)

と書けます. この式は代表元 xx, yy の取り方によりません. これは,Kz\Kop_{z} が平行移動不変であり, ccCC 全体を動くと y+cy+c も同じ剰余類全体を動くためです. この商集合上の核の対角和を取ることと, VV 上で PCKzP_{C}\Kop_{z} の跡を取ることは同じ内容です. ただし本文では,商グラフを新たに定義するのではなく, HC\Hspace^{C} への制限と平均射影を使って跡を計算する方針を採ります. この跡は,VV の各点を個別に数える跡ではなく, 剰余類を一つの自由度として数える跡です. つまり,VV 上の qnq^{n} 個の点について単純に対角成分を足しているのではなく, CC 不変関数空間 HC\Hspace^{C} の自由度, すなわち剰余類の個数に対応する跡を取っています. この区別は,後で平均射影 PCP_{C} を用いて

Tr(KzHC)=Tr(PCKz)\Tr(\res{\Kop_{z}}{\Hspace^{C}}) = \Tr(P_{C}\Kop_{z})

と書き直すときに重要です.

ここで,定義に現れる f(x+c)=f(x)f(x + c)=f(x)τcf=f\tau_{c}f=f は同じ条件です. 実際,τcf=f\tau_{c}f=ff(xc)=f(x)f(x - c)=f(x) を意味します. CC は加法部分群なので,ccCC 全体を動くとき c-cCC 全体を動きます. したがって,f(x+c)=f(x)f(x + c)=f(x)τcf=f\tau_{c}f=f は同値です.

H\Hspace から HC\Hspace^{C} への平均射影を

PC1CcCτc(6.1)P_{C} \coloneqq \frac{1}{\card{C}}\sum_{c \in C} \tau_{c} \tag{6.1}

で定めます. これは,CC による平行移動で平均を取る作用素です. 関数に作用させると

(PCf)(x)=1CcCf(xc)(P_{C}f)(x) = \frac{1}{\card{C}}\sum_{c \in C} f(x - c)

です. これは剰余類 x+Cx + C 上で値を平均していることを意味します. ccCC 全体を動くとき,xcx-cx+cx+c も同じ剰余類 x+Cx+C を走るので, 符号の違いは平均値に影響しません. PCP_{C} は,各剰余類 x+Cx+C 上で関数の値を平均し, その平均値を剰余類全体に広げる作用素です. したがって,一度平均した関数をもう一度平均しても変わりません. これが PC2=PCP_{C}^{2}=P_{C},つまり射影であることの直観です. ここで係数 1/C1/\card{C} が現れるのは, CC による平行移動方向を正規化して平均するためです. 商集合 V/CV/C の一点は,VV の中では C\card{C} 個の点からなる剰余類として見えます. その剰余類方向の値を平均することで,VV 上の関数から CC 不変な部分だけを取り出しています.

補題6.2.

PCP_{C}HC\Hspace^{C} への射影である. また,Kz\Kop_{z} はすべての平行移動 τa\tau_{a} と可換であり, 特に PCP_{C} と可換である.

証明

まず,PCfP_{C} fCC 不変である. 実際,dCd \in C に対して

τdPCf=1CcCτdτcf=1CcCτc+df=1CcCτcf=PCf\begin{aligned} \tau_{d} P_{C} f &= \frac{1}{\card{C}} \sum_{c \in C} \tau_{d} \tau_{c} f = \frac{1}{\card{C}} \sum_{c \in C}\tau_{c+d} f = \frac{1}{\card{C}} \sum_{c^{\prime} \in C} \tau_{c^{\prime}} f = P_{C} f \end{aligned}

である. 逆に,fHCf \in \Hspace^{C} なら各 cCc \in C について τcf=f\tau_{c} f = f なので,PCf=fP_{C} f = f である. また,直接計算しても

PC2=1C2c,dCτcτd=1C2c,dCτc+d=1ChCτh=PC\begin{aligned} P_{C}^{2} &= \frac{1}{\card{C}^{2}}\sum_{c, d \in C} \tau_{c}\tau_{d} \\ &= \frac{1}{\card{C}^{2}}\sum_{c, d \in C} \tau_{c + d} \\ &= \frac{1}{\card{C}}\sum_{h \in C} \tau_{h} = P_{C} \end{aligned}

である. 最後の等号では,固定した hCh \in C に対して c+d=hc+d=h となる組 (c,d)(c,d) がちょうど C\card{C} 個あることを使った. したがって PCP_{C}HC\Hspace^{C} への射影である.

次に,Kz\Kop_{z} の核は dH(x,y)\dist(x, y) のみに依存するため,平行移動で不変である. つまり任意の a,x,yVa, x, y \in V に対して

Kz(x+a,y+a)=Kz(x,y)\Kop_{z}(x + a, y + a) = \Kop_{z}(x, y)

が成り立つ. 符号規約を含めて確かめると,

(τaKzf)(x)=yVKz(xa,y)f(y),(Kzτaf)(x)=yVKz(x,y)f(ya)=yVKz(x,y+a)f(y)\begin{aligned} (\tau_{a}\Kop_{z}f)(x) &= \sum_{y \in V}\Kop_{z}(x - a, y)f(y), \\ (\Kop_{z}\tau_{a}f)(x) &= \sum_{y \in V}\Kop_{z}(x, y)f(y - a) \\ &= \sum_{y^{\prime} \in V}\Kop_{z}(x, y^{\prime} + a)f(y^{\prime}) \end{aligned}

である. Hamming距離の平行移動不変性より Kz(xa,y)=Kz(x,y+a)\Kop_{z}(x - a, y^{\prime})=\Kop_{z}(x, y^{\prime} + a) であるから, τaKz=Kzτa\tau_{a}\Kop_{z}=\Kop_{z}\tau_{a} である. したがって Kz\Kop_{z} は各 τa\tau_{a} と可換である. 特に,PCP_{C} とも可換である.

証明終わり

この可換性により,ffCC 不変なら Kzf\Kop_{z}fCC 不変です. したがって,Kz\Kop_{z}HC\Hspace^{C} を保ち, 制限作用素 KzHC\res{\Kop_{z}}{\Hspace^{C}} を考えることができます. したがって,補題 2.2 により

Tr(KzHC)=Tr(PCKz)\Tr(\res{\Kop_{z}}{\Hspace^{C}}) = \Tr(P_{C} \Kop_{z})

です. 右辺を計算すると,CC の重み多項式が現れます. ここからは,同じ左辺 Tr(KzHC)\Tr(\res{\Kop_{z}}{\Hspace^{C}}) を, 平行移動で平均してから核の対角成分を足す方法で計算します.

定理6.3(跡の幾何側).

符号 CFqEC \leq \F_{q}^{E} に対して

Tr(KzHC)=1CWC(1+(q1)z,1z)(6.2)\Tr(\res{\Kop_{z}}{\Hspace^{C}}) = \frac{1}{\card{C}} W_{C} \bigl( 1 + (q - 1)z, 1 - z \bigr) \tag{6.2}

が成り立つ.

証明

補題 2.2補題 6.2 より

Tr(KzHC)=Tr(PCKz)=1CcCTr(τcKz).\begin{aligned} \Tr(\res{\Kop_{z}}{\Hspace^{C}}) &= \Tr(P_{C} \Kop_{z}) \\ &= \frac{1}{\card{C}} \sum_{c \in C} \Tr(\tau_{c} \Kop_{z}). \end{aligned}

ここに 命題 5.2 を代入すると

Tr(KzHC)=1CcC(1+(q1)z)nwt(c)(1z)wt(c)=1CWC(1+(q1)z,1z).\begin{aligned} \Tr(\res{\Kop_{z}}{\Hspace^{C}}) &= \frac{1}{\card{C}} \sum_{c \in C} \bigl( 1 + (q - 1)z \bigr)^{n - \wt(c)} (1 - z)^{\wt(c)} \\ &= \frac{1}{\card{C}} W_{C} \bigl( 1 + (q - 1)z, 1 - z \bigr). \end{aligned}
証明終わり

この計算を「幾何側」と呼ぶことにします. 平行移動 cCc \in C を合成した熱作用素の跡を取り,それを cc について平均しました. そのとき,cc の重みが跡の中に現れたため,CC の重み多項式が出てきました.

係数の確認として,z=1z=1z=0z=0 を見ておきます. z=1z=1 のとき K1=Id\Kop_{1}=\Id なので,左辺は

dimHC=V/C=qnC\dim \Hspace^{C} = \card{V/C} = \frac{q^{n}}{\card{C}}

です. 右辺は

1CWC(q,0)=qnC\frac{1}{\card{C}}W_{C}(q,0)=\frac{q^{n}}{\card{C}}

となり,一致します. z=0z=0 のとき,一座標熱作用素は平均射影 Π0\Pi_{0} になり, 多座標でも VV 全体で平均を取って定数関数にする作用に対応します. 熱時刻としては,これは有限時刻ではなく tt \to \infty の極限です. 一方,ここで扱っている式は zz の多項式なので,z=0z=0 を代入できます. したがって商空間上では定数方向の寄与だけが残り,左辺は 11 です. 右辺も

1CWC(1,1)=1\frac{1}{\card{C}}W_{C}(1,1)=1

となります. これは証明ではなく,式の係数が自然に合っていることの確認です.

スペクトル側:固有関数としての指標

次に,同じ跡を固有値の和として計算します. ここでは,Hammingグラフの熱作用素の固有関数を使います. その固有関数は有限アーベル群 V=FqEV = \F_{q}^{E} の加法指標です.

Fq\F_{q} の非自明な加法指標

ψ ⁣:FqC×\psi \colon \F_{q} \to \C^{\times}

を一つ固定します. つまり,ψ(a+b)=ψ(a)ψ(b)\psi(a + b) = \psi(a)\psi(b) が成り立ち,恒等的に 11 ではないとします. q=pmq = p^{m} の場合,例えばトレース写像を使って

ψ(a)=exp(2π1ptrFq/Fp(a))\psi(a)= \exp\left(\frac{2\pi\sqrt{-1}}{p}\operatorname{tr}_{\F_{q}/\F_{p}}(a)\right)

の形で作ることができます. この右辺では,Fp\F_{p} の元を 0,1,,p10,1,\dots,p-1 の代表元として読んでいます. ここで出る trFq/Fp\operatorname{tr}_{\F_{q}/\F_{p}} は有限体のトレース写像であり, 作用素の跡を表す Tr\Tr とは別の記号です. 本文では,作用素の跡を Tr\Tr,有限体のトレース写像を trFq/Fp\operatorname{tr}_{\F_{q}/\F_{p}} と書き分けます. 本稿で必要な性質は,次の一座標直交関係です.

補題7.1.

bFqb \in \F_{q} に対して

aFqψ(ab)={q,b=0,0,b0\sum_{a \in \F_{q}} \psi(ab) = \begin{cases} q, & b = 0,\\ 0, & b \neq 0 \end{cases}

が成り立つ.

証明

b=0b = 0 なら各項が 11 なので和は qq である. b0b \neq 0 とする. このとき aaba \mapsto abFq\F_{q} の全単射であるから,

aFqψ(ab)=tFqψ(t)\sum_{a \in \F_{q}} \psi(ab) = \sum_{t \in \F_{q}} \psi(t)

である.右辺を SS とおく. ψ\psi は非自明なので,ある dFqd \in \F_{q} が存在して ψ(d)1\psi(d) \neq 1 である. ttFq\F_{q} 全体を動くとき t+dt + dFq\F_{q} 全体を動くので,

S=tFqψ(t+d)=ψ(d)tFqψ(t)=ψ(d)SS = \sum_{t \in \F_{q}} \psi(t + d) = \psi(d) \sum_{t \in \F_{q}} \psi(t) = \psi(d)S

である.ψ(d)1\psi(d) \neq 1 より S=0S = 0 である.

証明終わり

uVu \in V に対して,関数 χuCV\chi_{u} \in \C^{V}

χu(x)ψ(ux)=ψ(eEuexe)\chi_{u}(x) \coloneqq \psi(u \cdot x) = \psi\left( \sum_{e \in E} u_{e} x_{e} \right)

で定めます. これを uu に対応する指標と呼びます. ここで xx は空間側の変数であり, uu はその上の周波数を表す添字と考えるとよいです. 熱作用素は,この周波数 uu ごとに異なる倍率で作用します.

補題7.2.

関数族 {χu:uV}\{ \chi_{u} : u \in V \}CV\C^{V} の直交基底である.

証明

CV\C^{V} には標準内積

f,gxVf(x)g(x)\langle f, g\rangle \coloneqq \sum_{x \in V} f(x) \overline{g(x)}

を入れる. u,vVu, v \in V に対して,この標準内積を計算する. 指標値は複素数の 11 の冪根なので, ψ(a)=ψ(a)\overline{\psi(a)} = \psi(-a) である. したがって,複素共役を用いると

χu,χv=xVχu(x)χv(x)=xVψ((uv)x)=eE(aFqψ((ueve)a))\begin{aligned} \langle \chi_{u}, \chi_{v} \rangle &= \sum_{x \in V} \chi_{u}(x) \overline{\chi_{v}(x)} \\ &= \sum_{x \in V} \psi((u - v) \cdot x) \\ &= \prod_{e \in E} \left( \sum_{a \in \F_{q}} \psi((u_{e} - v_{e})a) \right) \end{aligned}

を得る.補題 7.1 より, u=vu = v ならこの値は qnq^{n} であり, uvu \neq v なら少なくとも一つの座標で内側の和が 00 になるので全体は 00 である. したがって {χu:uV}\{ \chi_{u} : u \in V \} は互いに直交する非零ベクトル族である. その個数は qn=dimCCVq^{n} = \dim_{\C} \C^{V} なので,基底である.

証明終わり

ここで得た基底は直交基底であり,正規直交基底ではありません. 各 χu\chi_{u} のノルムは qn/2q^{n/2} です. しかし跡は固有空間分解における固有値の和であり,固有ベクトルの正規化には依存しません. したがって,正規直交基底に直さなくても以降の跡計算には問題ありません.

次に,これらが熱作用素の固有関数であることを見ます.

補題7.3.

任意の uVu \in V に対して

Kzχu=zwt(u)χu\Kop_{z} \chi_{u} = z^{\wt(u)} \chi_{u}

が成り立つ.

証明

一座標で考える. bFqb \in \F_{q} に対して,関数 φbU=CFq\varphi_{b} \in U = \C^{\F_{q}}

φb(a)ψ(ba)\varphi_{b}(a) \coloneqq \psi(ba)

で定める. b=0b = 0 なら φb\varphi_{b} は定数関数となるため, MzM_{z} は固有値 11 で作用する. b0b \neq 0 なら,補題 7.1 より

aFqφb(a)=0\sum_{a \in \F_{q}} \varphi_{b}(a) = 0

となるため,φbU1\varphi_{b} \in U_{1} である. したがって MzM_{z}φb\varphi_{b} に固有値 zz で作用する.

多座標では

χu(x)=eEψ(uexe)\chi_{u}(x) = \prod_{e \in E} \psi(u_{e} x_{e})

であり,Kz=eEMz\Kop_{z} = \bigotimes_{e \in E} M_{z} である. ue=0u_{e} = 0 の座標は固有値 11 を寄与し, ue0u_{e} \neq 0 の座標は固有値 zz を寄与する. よって全体の固有値は zwt(u)z^{\wt(u)} である.

証明終わり

最後に,CC 不変関数空間 HC\Hspace^{C} の中に残る指標を調べます.

補題7.4.

uVu \in V に対して,χu\chi_{u}CC 不変であることと uCu \in C^{\perp} であることは同値である.

証明

χu\chi_{u}CC 不変であるとは,任意の xVx \in VcCc \in C に対して

χu(x+c)=χu(x)\chi_{u}(x + c) = \chi_{u}(x)

が成り立つことである.ところが

χu(x+c)=ψ(ux+uc)=χu(x)ψ(uc)\chi_{u}(x + c) = \psi(u \cdot x + u \cdot c) = \chi_{u}(x) \psi(u \cdot c)

であるから,これは任意の cCc \in C に対して ψ(uc)=1\psi(u \cdot c) = 1 が成り立つことと同値である.

もし uCu \in C^{\perp} なら,任意の cCc \in C に対して uc=0u \cdot c = 0 となるため,明らかに ψ(uc)=1\psi(u \cdot c) = 1 である. 逆に,すべての cCc \in C について ψ(uc)=1\psi(u \cdot c) = 1 とする. ある c0Cc_{0} \in C に対して buc00b \coloneqq u \cdot c_{0} \neq 0 となると仮定する. CCFq\F_{q} 線形であるから,任意の λFq\lambda \in \F_{q} に対して λc0C\lambda c_{0} \in C である. よって,任意の λFq\lambda \in \F_{q} に対して ψ(λb)=1\psi(\lambda b) = 1 が成り立たなければならない. しかし b0b \neq 0 なら λλb\lambda \mapsto \lambda bFq\F_{q} の全単射なので,これは ψ\psi が恒等的に 11 であることを意味してしまう. これは ψ\psi が非自明であることに反する. したがって任意の cCc \in C に対して uc=0u \cdot c = 0 であり, uCu \in C^{\perp} である.

証明終わり

逆向きの証明では,CCFq\F_{q} 線形であることを本質的に使っています. 単に ψ(uc)=1\psi(u \cdot c)=1 から uc=0u \cdot c=0 が直ちに従うわけではありません. 非自明な加法指標 ψ\psi は,零でない元を 11 に送ることがあります. しかし CCFq\F_{q} 線形なので,c0Cc_{0} \in C なら λc0\lambda c_{0} もすべて CC に入ります. そのため uc00u \cdot c_{0}\neq 0 と仮定すると, ψ(λ(uc0))=1\psi(\lambda (u \cdot c_{0}))=1 がすべての λFq\lambda \in \F_{q} で成り立ちます. λ(uc0)\lambda (u \cdot c_{0})Fq\F_{q} 全体を動くので, これは ψ\psi が恒等的に 11 であることを意味し,非自明性に反します.

これでスペクトル側の計算ができます.

定理7.5(跡のスペクトル側).

符号 CFqEC \leq \F_{q}^{E} に対して

Tr(KzHC)=uCzwt(u)=WC(1,z)(7.1)\Tr(\res{\Kop_{z}}{\Hspace^{C}}) = \sum_{u \in C^{\perp}} z^{\wt(u)} = W_{C^{\perp}}(1, z) \tag{7.1}

が成り立つ.

証明

補題 7.2 より,任意の fHf \in \Hspace は一意的に

f=uVαuχuf = \sum_{u \in V} \alpha_{u}\chi_{u}

と展開できる. cCc \in C に対して

(τcχu)(x)=χu(xc)=ψ(uc)χu(x)(\tau_{c}\chi_{u})(x) = \chi_{u}(x-c) = \psi(-u\cdot c)\chi_{u}(x)

である. もし fHCf \in \Hspace^{C} なら τcf=f\tau_{c}f = f がすべての cCc \in C について成り立つので,

uVαu(ψ(uc)1)χu=0\sum_{u \in V}\alpha_{u}\bigl(\psi(-u\cdot c)-1\bigr)\chi_{u}=0

である. 指標 χu\chi_{u} は一次独立なので,αu0\alpha_{u} \neq 0 なら ψ(uc)=1\psi(-u\cdot c)=1 がすべての cCc \in C について成り立つ. 補題 7.4 より,これは uCu \in C^{\perp} と同値である. 逆に uCu \in C^{\perp} なら χu\chi_{u}CC 不変である. したがって HC\Hspace^{C}{χu:uC}\{ \chi_{u} : u \in C^{\perp} \} を基底に持つ. 実際,次元も一致している. dimHC=V/C=qn/C\dim \Hspace^{C}=\card{V/C}=q^{n}/\card{C} であり, 有限体上の線形代数より C=qn/C\card{C^{\perp}}=q^{n}/\card{C} である. これは,標準内積が非退化であるため dimFqC+dimFqC=n\dim_{\F_{q}} C+\dim_{\F_{q}} C^{\perp}=n となることから従う. したがって商空間上の関数の自由度と,残る指標の個数が一致している.

また 補題 7.3 より, χu\chi_{u} 上で Kz\Kop_{z}zwt(u)z^{\wt(u)} を固有値に持つ. したがって KzHC\res{\Kop_{z}}{\Hspace^{C}} の跡は

uCzwt(u)\sum_{u \in C^{\perp}} z^{\wt(u)}

である.これは WC(1,z)W_{C^{\perp}}(1, z) そのものである.

証明終わり

この計算を「スペクトル側」と呼びます. 熱作用素の固有関数を使って跡を計算すると,CC 不変な固有関数だけが残り, それがちょうど CC^{\perp} で添字づけられます. その固有値が zwt(u)z^{\wt(u)} なので,双対符号の重み多項式が現れます.

跡公式としてのMacWilliams恒等式

ここまでで,同じ跡 Tr(KzHC)\Tr(\res{\Kop_{z}}{\Hspace^{C}}) を二通りに計算しました. 重要なのは,スペクトル側と幾何側が別々の量を計算しているのではなく, まったく同じ作用素 KzHC\res{\Kop_{z}}{\Hspace^{C}} の跡を二通りに計算していることです. 片方の計算では CC^{\perp} が現れ,もう片方の計算では CC が現れます. スペクトル側では

Tr(KzHC)=WC(1,z)\Tr(\res{\Kop_{z}}{\Hspace^{C}}) = W_{C^{\perp}}(1, z)

となり,幾何側では

Tr(KzHC)=1CWC(1+(q1)z,1z)\Tr(\res{\Kop_{z}}{\Hspace^{C}}) = \frac{1}{\card{C}} W_{C} \bigl(1 + (q - 1)z, 1 - z \bigr)

となりました. したがって次を得ます.

定理8.1(非斉次形のMacWilliams恒等式).

任意の線形符号 CFqEC \leq \F_{q}^{E} に対して

WC(1,z)=1CWC(1+(q1)z,1z)(8.1)W_{C^{\perp}}(1, z) = \frac{1}{\card{C}} W_{C} \bigl( 1 + (q - 1)z, 1 - z \bigr) \tag{8.1}

が成り立つ.

証明

ここで使っている等式は,すでに zz の多項式恒等式として読んでいます. 通常の二変数形に戻すには,斉次化します. 長さ nn の符号 BB の重み多項式 WB(X,Y)W_{B}(X, Y) は, 各項の総次数が nn の斉次多項式です. したがって X0X \neq 0 なら

WB(X,Y)=XnWB(1,Y/X)W_{B}(X, Y) = X^{n} W_{B}(1, Y/X)

が成り立ちます. この性質を B=CB=C^{\perp}B=CB=C に使い, z=Y/Xz = Y/X とおいて両辺に XnX^{n} を掛けます. すると

WC(X,Y)=XnWC(1,Y/X)=XnCWC(1+(q1)YX,1YX)=1CWC(X+(q1)Y,XY)\begin{aligned} W_{C^{\perp}}(X, Y) &= X^{n} W_{C^{\perp}}(1, Y/X) \\ &= \frac{X^{n}}{\card{C}} W_{C}\left( 1 + (q - 1)\frac{Y}{X}, 1 - \frac{Y}{X} \right) \\ &= \frac{1}{\card{C}} W_{C}\bigl( X + (q - 1)Y, X - Y \bigr) \end{aligned}

となります. 最後の等号では,WCW_{C} が総次数 nn の斉次多項式であることを使っています. つまり,外側の XnX^{n} を二つの引数に同時に掛け込むことで

XnWC(1+(q1)YX,1YX)=WC(X+(q1)Y,XY)X^{n} W_{C}\left( 1 + (q - 1)\frac{Y}{X}, 1 - \frac{Y}{X} \right) = W_{C}\bigl( X + (q - 1)Y, X - Y \bigr)

となります. 両辺は X,YX,Y の多項式であり,X0X \neq 0 の範囲で一致しています. したがって多項式恒等式として一致し,X=0X = 0 の場合にも同じ等式が成り立ちます. これがMacWilliams恒等式です.

定理8.2(MacWilliams恒等式).

有限体 Fq\F_{q} 上の線形符号 CFqEC \leq \F_{q}^{E} に対して

WC(X,Y)=1CWC(X+(q1)Y,XY)W_{C^{\perp}}(X, Y) = \frac{1}{\card{C}} W_{C}\bigl( X + (q - 1)Y, X - Y \bigr)

が成り立つ.

この証明を一文でまとめると,次のようになります.

MacWilliams恒等式は,Hammingグラフの熱作用素を商空間 FqE/C\F_{q}^{E}/C 上で見たとき, その跡のスペクトル側が CC^{\perp} の重み多項式を与え, 幾何側が CC の重み多項式のMacWilliams変換を与えるという跡公式です.

小さな例:二元長さ三の反復符号

ここまでの一般論では,商空間上の同じ跡を二通りに計算し, 幾何側では CC,スペクトル側では CC^{\perp} が現れることが要点でした. 以下では,二元長さ三の反復符号で,幾何側とスペクトル側が同じ多項式を与えることを直接確認します. E={1,2,3}E = \{ 1, 2, 3 \}q=2q = 2 とし,二元反復符号

C={000,111}F23C = \{ 000, 111 \} \leq \F_{2}^{3}

を考えます.このとき

WC(X,Y)=X3+Y3W_{C}(X, Y) = X^{3} + Y^{3}

です. 双対符号は偶重み符号

C={000,110,101,011}C^{\perp} = \{ 000, 110, 101, 011 \}

であり,

WC(X,Y)=X3+3XY2W_{C^{\perp}}(X, Y) = X^{3} + 3XY^{2}

です.

一座標の熱作用素の行列,つまり熱核は

Mz=12(1+z1z1z1+z)M_{z} = \frac{1}{2} \begin{pmatrix} 1 + z & 1 - z \\ 1 - z & 1 + z \end{pmatrix}

です. したがって aF23a \in \F_{2}^{3} について

Tr(τaKz)=(1+z)3wt(a)(1z)wt(a)\Tr(\tau_{a}\Kop_{z}) = (1 + z)^{3 - \wt(a)}(1 - z)^{\wt(a)}

です.CC の元は 000000111111 なので,幾何側の跡は

Tr(KzHC)=12((1+z)3+(1z)3)=1+3z2\begin{aligned} \Tr(\res{\Kop_{z}}{\Hspace^{C}}) &= \frac{1}{2}\bigl( (1 + z)^{3} + (1 - z)^{3} \bigr) \\ &= 1 + 3z^{2} \end{aligned}

となります.一方,スペクトル側では CC^{\perp} の元の重みは 00, 22, 22, 22 なので

uCzwt(u)=1+3z2\sum_{u \in C^{\perp}} z^{\wt(u)} = 1 + 3z^{2}

です. 確かに二つの跡計算が一致しています. 斉次化すると

WC(X,Y)=12WC(X+Y,XY)=12((X+Y)3+(XY)3)=X3+3XY2\begin{aligned} W_{C^{\perp}}(X, Y) &= \frac{1}{2} W_{C}(X + Y, X - Y) \\ &= \frac{1}{2} \bigl((X + Y)^{3} + (X - Y)^{3} \bigr) \\ &= X^{3} + 3XY^{2} \end{aligned}

となり,MacWilliams恒等式が確認できます.

この例で見えていることは,次の通りです. CC の二つの平行移動 000000111111 は,熱作用素の核の対角成分をずらして読みます. そのずれが零なら 1+z1 + z が出て,非零なら 1z1 - z が出ます. 一方,商空間上の固有関数は CC 上で不変な指標だけであり, それが CC^{\perp} に対応します. この二つの読み方が同じ跡を計算しているため,重み多項式の恒等式が生まれます.

この証明で熱作用素・熱核と跡公式は何をしていたか

今回の証明を振り返ります.

第一に,Hamming重みを,平行移動を合成した熱作用素の核の対角成分から読みました. 一座標熱作用素 MzM_{z} に平行移動を合成して跡を取ると, 平行移動量が 00 であるか非零であるかによって,

1+(q1)z,1z1 + (q - 1)z, \qquad 1 - z

が現れました. 多座標では,これらが座標ごとに掛け合わされ,Hamming重みが記録されます.

第二に,符号 CC を平行移動群として使いました. CC による平均射影

PC=1CcCτcP_{C} = \frac{1}{\card{C}} \sum_{c \in C} \tau_{c}

を使うと,V/CV/C 上の関数空間,つまり CC 不変関数の空間に移れます. この射影を通して跡を計算すると,CC の符号語に対応する平行移動の寄与が平均されます. これが幾何側です.

第三に,Hammingグラフの熱作用素を固有関数で対角化しました. 固有関数は χu(x)=ψ(ux)\chi_{u}(x) = \psi(u \cdot x) という指標であり, 固有値は zwt(u)z^{\wt(u)} でした. 商空間上では,CC 不変な指標だけが残ります. それはちょうど uCu \in C^{\perp} に対応します. これがスペクトル側です.

第四に,同じ跡を二通りに計算しました. スペクトル側では CC^{\perp} で添字づけられる固有値の和を取り, 幾何側では CC の元による平行移動の寄与を平均します. その結果,次の等式が得られます:

Tr(KzHC)=uCzwt(u)=1CcC(1+(q1)z)nwt(c)(1z)wt(c)\Tr(\res{\Kop_{z}}{\Hspace^{C}}) = \sum_{u \in C^{\perp}} z^{\wt(u)} = \frac{1}{\card{C}} \sum_{c \in C}(1 + (q - 1)z)^{n - \wt(c)}(1 - z)^{\wt(c)}

この式こそ,今回の証明の中核です.

つまり,MacWilliams恒等式は,熱作用素の跡公式として次のように読めます.

双対符号 CC^{\perp} は商空間 V/CV/C のスペクトル側に現れ, 元の符号 CC は同じ商空間の跡を平行移動平均として計算する幾何側に現れる.

この見方は,通常の指標論的証明と同じ深層原理を持ちながら, 解析的な「スペクトル側 vs 幾何側」という形を強調します.

この回で見た概念

この回では,MacWilliams恒等式の証明を目標にしながら, 熱作用素・熱核と跡公式の基本的な道具を導入しました. 整理すると次のようになります.

有限集合上の核

有限集合 Ω\Omega 上の線形作用素 T ⁣:CΩCΩT \colon \C^{\Omega} \to \C^{\Omega} の行列成分 KT(x,y)K_{T}(x, y) です. 有限集合上では,核は行列そのものです.

作用素の対角成分の和です. 同時に,固有値の和としても計算できます. この二つの見方の一致が跡公式の入口です.

熱作用素と熱核

Laplacian Δ\Delta から exp(tΔ)\exp(-t\Delta) として作られる作用素が熱作用素で, その行列成分が熱核です. 本稿では z=etz = e^{-t} とおき,一座標熱作用素を

Mz=Π0+z(IdΠ0)M_{z} = \Pi_{0} + z(\Id - \Pi_{0})

と書きました.

Hammingグラフ

頂点集合が FqE\F_{q}^{E} で,距離 11 の二頂点を結ぶグラフです. 一座標の完全グラフを座標ごとにデカルト積したものと見られます.

平行移動作用

aFqEa \in \F_{q}^{E} によって xx+ax \mapsto x + a と動かす作用です. 関数空間上では (τaf)(x)=f(xa)(\tau_{a} f)(x) = f(x - a) として作用させました.

CC 不変関数

符号 CC による平行移動で変わらない関数です. これは商集合 FqE/C\F_{q}^{E}/C 上の関数と同じものです.

平均射影

CC 不変関数への射影

PC=1CcCτcP_{C} = \frac{1}{\card{C}} \sum_{c \in C} \tau_{c}

です.この射影を使って商空間上の跡を元の空間上の跡に戻しました.

スペクトル側

熱作用素を固有関数で対角化して跡を計算する側です. 本稿では,CC 不変な固有関数が CC^{\perp} で添字づけられたため, 双対符号の重み多項式が現れました.

幾何側

平行移動を合成した熱作用素の核の対角成分を直接足す側です. 本稿では,cCc \in C のHamming重みに応じて 1+(q1)z1 + (q - 1)z1z1 - z が座標ごとに現れ, 元の符号 CC の重み多項式が現れました.

今回の系統の振り返り

ここからは証明本体ではなく,連載全体の見取り図として今回の証明を位置づけます. この節は補足であり,本稿の証明を理解するためには読まなくても差し支えありません.

今回の証明は,表面的には熱作用素・熱核と跡公式の証明です. Hammingグラフ上の熱作用素 Kz\Kop_{z} を作り, それを商空間 FqE/C\F_{q}^{E}/C 上で見た跡を二通りに計算しました. スペクトル側では CC^{\perp} が現れ,幾何側では CC が現れました.

五つの系統に圧縮すれば,今回の証明は

Fourier・指標・Poisson系

に属します. 理由は,Hammingグラフの熱作用素を対角化する固有関数が, 有限アーベル群 FqE\F_{q}^{E} の指標だからです. 実際,固有関数

χu(x)=ψ(ux)\chi_{u}(x) = \psi(u \cdot x)

を使った時点で,有限Fourier解析が背後にあります.

ただし,今回の見方は通常の指標論的証明とは表情が違います. 通常の指標論的証明では,

cCψ(uc)\sum_{c \in C} \psi(u \cdot c)

という直交関係を直接使います. 一方,本稿では,Hammingグラフの熱作用素を作り,商空間上の跡を

「固有値の和」と「平行移動を合成した核の対角和」

の二通りに計算しました. つまり,Fourier的な原理を「跡公式」という解析的な形式に包み直しています.

なお,以下の補足は本稿を読むために不要ですが, アソシエーションスキームの言葉を知っている読者に向けて言えば, 今回の熱作用素 Kz\Kop_{z} はHammingスキームのBose–Mesner代数の元です. そのため,今回の証明は直交多項式・アソシエーションスキーム系にも接点があります. しかし,本稿の証明では,Bose–Mesner代数の一般論よりも,熱作用素の跡を二通りに計算するという見方を前面に出しました.

この違いが,この連載で見たい「同じ定理が違う分野の言葉で見える」という現象です. 同じMacWilliams恒等式であっても,

指標直交性として見ることもできれば,熱作用素の跡公式として見ることもできる.

今回の証明は,その解析的な姿を取り出したものです.

次回へ

ここまでで,本稿の主張である熱作用素・熱核と跡公式から見たMacWilliams恒等式の導出は完結しています. 以下は連載上の予告です.

次回は,MacWilliams恒等式を格子とテータ関数の側から見ます. 今回の証明では,有限集合 FqE\F_{q}^{E} 上の熱作用素と熱核を使い, 有限的な跡公式としてMacWilliams恒等式を導きました. 次回は,符号から格子を作る構成法Aを通して, 重み多項式をテータ関数の中に埋め込みます. そして,格子テータ関数の変換公式, すなわちPoisson和公式の連続版からMacWilliams恒等式を見ます.

次回の主役は,

構成法A → 格子 → 双対格子 → テータ関数 → Poisson和公式 → MacWilliams恒等式

です. 同じFourier・指標・Poisson系に属する証明であっても, 次回は有限集合上の熱作用素・熱核ではなく,連続的な格子とテータ関数の変換公式としてMacWilliams恒等式が見えてきます.

参考文献

  1. [Chu97] Fan R. K. Chung. Spectral graph theory. Conference Board of the Mathematical Sciences, Washington, DC; by the American Mathematical Society, Providence, RI, vol. 92, pp. xii+207, 1997
  2. [GR01] Chris Godsil and Gordon Royle. Algebraic graph theory. Springer-Verlag, New York, vol. 207, pp. xx+439, 2001. doi:10.1007/978-1-4613-0163-9
  3. [CY99] Fan Chung and S.-T. Yau. Coverings, heat kernels and spanning trees. Electron. J. Combin., vol. 6, pp. Research Paper 12, 21, 1999. doi:10.37236/1444
  4. [Ter99] Audrey Terras. Fourier analysis on finite groups and applications. Cambridge University Press, Cambridge, vol. 43, pp. x+442, 1999. doi:10.1017/CBO9780511626265
  5. [MS77] F. J. MacWilliams and N. J. A. Sloane. The theory of error-correcting codes. II. North-Holland Publishing Co., Amsterdam-New York-Oxford, vol. Vol. 16, pp. i–ix and 370–762, 1977

この連載

MacWilliams恒等式で学ぶシリーズ · 第10回 / 全12回

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